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東京地方裁判所 昭和41年(ワ)8141号 判決 1969年1月14日

原告 野本清松

右訴訟代理人弁護士 大野好哉

被告 株式会社荒川製作所

右訴訟代理人弁護士 山崎保一

同 伊藤哲郎

主文

原告の主位的並びに予備的各請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

<全部省略>

理由

一(一)  原告が昭和二七年七月一日被告会社に対して別紙第一物件目録記載の本件各建物(但し、同目録(六)、(七)、(八)記載の各附属建物の部分を除く。)を賃料一か月金六〇〇〇円毎月末払の約で賃貸したことは、当事者間に争いがない。

(二)  そこで、まず、本件建物賃貸借における目的物の範囲につき、判断する。原告は別紙第一物件目録(一)ないし(八)記載の各建物の全部であると主張し、被告会社は右各建物のうち、(六)、(七)、(八)記載の各建物は被告会社の所有に属するもので本件賃貸借の目的物ではないと主張する。

<証拠>を総合すれば、次の各事実が認められる。すなわち、別紙第一物件目録(六)記載の建物は、被告会社において当初原告から賃借した建物の附属建物中木造トタン葺平家建一棟建坪二三坪七合五勺の一部の一五坪を昭和二八年八月頃原告から代金二〇万円で買い取って取り毀した上でそのあとに新築した木造瓦葺二階建住家(一階一六坪、二階一六坪)であって、被告会社の所有に属するものであること、なお、被告会社が右認定の如く同目録(六)記載の建物を新築した際、原、被告間において、被告会社は前認定の買取建物部分の敷地として二〇坪の土地を一か月金四〇〇円(坪当り金二〇円)で賃借することとし、他方、原告は、昭和二八年九月分以降の本件賃貸建物の家賃につき、賃貸坪数の減少にともない、一か月金六〇〇〇円を一か月金五〇〇〇円に減額する旨の合意がなされたこと、また、同目録(七)、(八)記載の各建物も被告において建築したもので被告会社の所有に属するものであること、なお、同目録(六)、(七)、(八)の各建物は前認定の如く被告会社所有のものであるが、本件建物賃貸借終了の場合には、被告会社は右各建物を時価で原告に売り渡し、賃借建物なる同目録(一)ないし(五)記載の各建物とともに原告に明け渡すべき旨の特約が原、被告間でなされていること、以上の各事実が認められる。右認定の事実によれば、同目録(六)、(七)、(八)記載の各建物は、本件建物賃貸借の目的物に属しないものというべきである。

(三)  ところで、本件賃料が昭和三六年五月以降一か月金一万五〇〇〇円に改定されたこと、更に、原告が被告会社に対して昭和四〇年七月二七日到達の書面で同年八月分以降本件賃料を一か月金七万三〇〇〇円に値上げする旨の賃料増額請求の意思表示をしたことは、いずれも当事者間に争いがないので、原告の右増額請求は相当なものであるか否かについて、次に判断する。

前叙認定の各事実、原告が被告会社に対して賃料増額請求をした昭和四〇年七月二七日当時における現行賃料一か月金一万五〇〇〇円は昭和三六年五月に改定されたものであるから、すでに四年以上の歳月が経過しており、その間、一般に不動産の価格が漸次昂騰し、かつ、本件賃貸建物についての粗税その他の負担が漸増したであろうことは公知の事実であること並びに<証拠>を総合すれば、昭和四〇年八月当時における本件賃料(家賃)の適正額は一か月金三万七〇〇〇円とするを相当とし、右認定に反する<証拠>は当裁判所の採用し得ないところであり、他に右認定を左右するに足る証拠はない。(なお、原告は、本件増額請求の根拠の一として、被告会社が本件賃借建物の敷地の空地部分を自動車置場や材料置場に使用していることによる利益を主張する。なるほど、被告会社が本件賃借建物の敷地を自動車置場や材料置場として使用していることは被告会社の認めるところであるが、元来、本件建物賃貸借が工場の経営を目的としてなされたものであることは本件口頭弁論の全趣旨によって認められるから、被告会社が右目的の遂行のために賃借建物の敷地を自動車置場なり、材料置場なりに使用するであろうことは当然予想されるところである。従って、そのことが本件契約締結の際に賃料額の合意をするにあたって考慮されることはもとよりあり得ようが、本件の如く、増額請求の場合には、そのこと自体では増額請求の要件たり得ず、たかだか、同じような状況にある「比隣の建物の借賃に比較して不相当」との要件の一資料たり得るにすぎないものと解するを相当とする。しかるに、本件では、原告は同種の比隣の建物の借賃との比較についての具体的な事実を何ら主張立証していないのであるから、原告の前記主張はそれ自体失当である。)

従って、昭和四〇年八月一日以降の本件賃料は一か月金三万七〇〇〇円の限度で増額されたものというべく、原告の本件増額請求中右金額をこえる部分は失当である。

(四)  しかして、被告会社が昭和四〇年八月分から昭和四一年五月分までの一か月金七万三〇〇〇円の割合による原告請求の賃料合計金七三万円の支払をしなかったこと、原告が被告会社に対し昭和四一年六月四日到着の書面で右賃料合計金七三万円を同年六月一四日までに支払うよう催告をしたが被告会社がこれに応じなかったこと、原告が被告会社に対し同年六月一八日到達の書面で本件建物賃貸借契約を解除する旨の意思表示をしたことは、いずれも被告会社の認めるところである。

しかし、昭和四〇年八月から昭和四一年五月までの一〇か月分の本件賃料の適正額が合計金三七万円であることは前認定により明らかである。してみれば、原告による本件催告は、適正賃料額の約二倍に及ぶ過大催告であるばかりでなく<証拠>を総合すれば原告は一か月金七万三〇〇〇円の割合による請求金額の全部金七三万円の提供がなければ受領を拒絶するものと認められるから、原告の本件催告は無効というべきである。

従って、無効な催告を前提とする原告の契約解除の意思表示もその効力を発生するに由がないから、賃料不払を理由とする契約解除に基く原告の主位的請求は、その余の点について判断するまでもなく、失当として棄却を免れない。

二、そこで、次に原告の予備的請求について判断する。

(一)  原告が被告会社に対し昭和四二年七月二二日到達の「請求の趣旨変更の申立」と題する書面をもって本件建物賃貸借につき解約の申入をしたことは、当事者間に争いがない。

(二)  原告は、右解約申入の正当事由として、自己使用の必要を主張する。なるほど、<証拠>によれば、原告は、夫婦自身及びその末娘のほか、通勤工員三名を使用してスリッパ製造業を営む者(原告がスリッパ製造業を営むことは、当事者間に争いがない。)であって、機械設備や工場の拡張のために本件各建物を使用したい希望を有していること、原告方では家族五名(原告夫婦、末娘、二女夫婦)が建坪約三一坪五合の自宅に居住しているが、原告としては、二女夫婦を別居させ、また、現在大阪方面に居住している長女夫婦が転勤で東京に移転して来る場合にそなえて長女夫婦のための居宅を確保するためにも本件各建物を使用したいとの希望を有していることが認められるが、機械設備や工場の拡張をするとしても、家族をも含めて合計六名の従業員で作業している現在の営業規模をどの程度に拡張し、そのためには、どの程度の数量の機械設備やそれを収容するどの程度の面積の作業所が必要なのか等具体的確定的な計画の存在の事実及びそれを必要とする具体的事由が必ずしも明らかでないし、長女夫婦の転勤問題にしても、将来あり得るかも知れないが、現在のところでは確定的な事実と認めるに足る証拠がなく、また、二女夫婦とてもともかくも住居の安定を得ているわけで原告方から別居しなければならない程の特段の事情も認められない。

(三)  他方、被告会社側の事情を考えるに、<証拠>によれば、被告会社は、家具類の製作を業とする会社であって、本件各建物を本社兼組立工場として使用していること、被告会社は本件各建物の附近に別紙第三物件目録(一)、(二)記載の土地建物を所有してこれを塗装工場、取付工場兼倉庫として使用しているほか(もっとも、被告会社が右工場建物を所有してこれを作業所、倉庫として使用していることは、当事者間に争いがない。)、埼玉県草加に所在する同目録(三)記載の建物を他から賃借してこれを部品加工工場として使用していること、被告会社の従業員は合計三一名(被告会社代表者自身をも含む。)で、その内訳は本件各建物の本社兼組立工場関係で一六名、本社附近の塗装工場関係で四名、草加の部品加工工場で一一名であること、被告会社代表者の江頭務は、昭和四一年一二月頃から、夜間は草加工場内で寝泊りしているが、昼間は荒川の本社に出勤していること、被告会社としては、主たる納入先がミドリヤ、松屋、松坂屋、宮田家具店等なので、信用上並びに得意先来店の際の便宜上等の点から本社を東京から移転することは不利であり、現在塗装工場に使用している被告会社所有の建物は裏通りにあたるため、ここに本社や事務所を移転することも適当でないことが認められる。

(四)  以上認定した原、被告双方の事情を比較考量するときは、必ずしも原告の主張するが如く原告側の必要性が被告側のそれより大きいものとは断じ難く、むしろ、無条件で被告会社に本件賃借建物の全部の明渡を求めることは酷にすぎるものと認められるから、原告主張の自己使用の正当事由はいまだ認めるに足らないものといわなければならない。

(五)  してみれば、原告の本件解約の申入はその効力を発生するに由がなく、これに基く原告の予備的請求も失当である。<以下省略>。

(裁判官 関口文吉)

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